2019.01.03

諦める

不可解な成り行きを
報復と取るか
試練と取るか

こうなった事を
忌わしいものとして捨て去るか
諦めていくか


【あきらめる】・・・本来の意味は
失敗を真正面から捉える
言い訳したりごまかしたりせず受け容れる
対策を立てる
それを実行する 
こと

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2019.01.02

職場の規則

職場には規則がある
その実態がどうであろうと
慣習で無く 規則としてあるのなら
まず 守らねばならぬ
諸事検討して変えねばならないのなら そうしたらいい
守らないのはただの我儘でしかない

規則を知らなかったという言い訳は通じない
自らの意識の低さを曝け出すだけの愚行でしかない

知らないのは論外だが 教えなかったのも問題
人、ひとりを責めて解決しようとするのは傲慢
そんな 職場はいい仕事ができない

守らないけど それは自己責任で処置する
なんて言うのは詭弁 
組織の一人である以上、自己責任では済まされない
そんな輩は共同作業には向かない 直すべきだろう

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違反

一人の人に意図せず偶然に起こってしまった小さな出来事
罪悪感を持ちながらも咎められることなく繰り返すうちに
このくらいなら・・・このくらいなら・・・

いつの間にか踏み入れてはならない領域に立ち入ってしまう

一人の習慣はその人に繋がる集団へと連覇し慣習となっていく
その様に 見過ごされる小さなことから間違いは始まっていく

ちいさな間違いを見逃さない事、許さない事
それが大切
「細かい事言うな」言われてもいいじゃないか
それが みんなを守ることになるのだから・・・
自信を持って言おう「ダメ!」と

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2018.10.11

高齢化社会って実感、何処で感じます?

職場にはいつまでたっても大先輩が居て
ラインから外れても
何かとご意見を仰る

助かる事もあるが
何かを変えようとするときは大変だ
新しいルールは憶えないし・・・
思い込みと経験則で押し切ろうとする

何しろ当人は気付いていないし
悪気は無い

こういう大先輩を抱える
後任の諸氏にエールを送ります

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2018.09.27

仕事場では


仕事場では仕事をきちんとすることが求められます
ある一定のスキルは身に付けなければなりません
それは一人一人が努力しなければ成りませんが
指導する側にもかなりの責任があるとも思えます
教えっぱなしで、後は教えた相手次第は良くありません
「さっき言ったよね」、「昨日、教えたよね」、「マニュアルあるでしょ」
感じ悪いセンパイそう思われるだけで、新人のスキルは向上しません
奮起を促す為・・・そんなこと言う人いますが、自分の教え方が悪い事に
気付いていないか、人を育てる気のない不寛容な人と思います。
教え方の下手な人は、自分自身の仕事の仕方が下手と自戒すべきです。
人によって身に付く速度は違います
比べられないものを比べちゃいけませんね
人により得意特質があります
そういうものを知ろうとしない或いは解らない人の元に就いた人は
可哀そうですね
蕾を摘まれたようなものですから・・・

仕事場では仕事の出来・不出来で評価されても文句は言えませんね
言葉使いだの服装だの、論外なのは馬が合わないとか嫌いとかそんなこと
仕事場では抑えるべきでしょう
もちろん業務に支障がある場合は別ですけど・・・

讒言や策を弄したり、人を恃んで他人をおとしめて、自分の評価を上げようと
する輩が出てきた時は責任者が毅然とした対応をすべきでしょう
何もせず放置すると全体が腐ってきます。
一人の讒言者により成績良い者や発言力のある者が言い出した時は進退を
掛け気概を持ってやらねばならない場合もあるでしょう
そういう時、信念を持って遂行する上司は素敵です。尊敬できます。

そもそも 皆が仕事場における自らの使命を自覚して、精励するならばそんな
ことに気をとられること無いとも思えますが、そんな単純な事ではなさそうです。

仕事場で、仕事以外の事で悩んでいる方にエールを送ります。

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2018.08.08

ひとの言う人物評

人の言う人物評は、言っている人の感情や考え方などの
主観が強く反映されている。
それを見極めなければいけない。

「あの人は八方美人だ」と評する人には
「誰にでも同じように接する、いい人なのですね」と言ってみる。
そうすると
そうでは無いんだとあれやこれやと説明を始める。
それをじっと聴いていると、
その人の性根が 垣間見えてくる。
かくして
私は評されている人物では無く
評している人を知っていく。

人の悪口を言う輩に、心根の良い人はいない。
そんな輩の言うことは聞き流す。
そう決めている。


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2018.07.01

ぽつんと一軒家


開設13年目を過ぎた・・・
古い記事はすっかりホコリを被ってしまう
自分の想う事・感じることは何年経っても そう変わりはしない

政治家の失言について(2017.4)
失言とは、「言うべきではないことを、
うっかり言ってしまう」ことで、そんなことが
解らない人はそもそも政治家の資質がないのだ。

ポスト・トゥルース(2017.1)
真実に基づく判断が難しくなってきている。
情報の受け手にその判断力が求められる時代になった・・・。
心していかねば! 

中間○○○・・・(2016.2)
最前線は マニュアルどおり 規則どおりいかないもの
規則と称する数限られた枠の中に何とか収めようと
頑張っているのが最前線の戦士たちだ

思い込み(2015.5)
思い込みは視野を狭くする いつも 見えているものさえ
見え難くなる
目だけじゃないかも・・・耳も 遠くなる

自分流の歩き方・・・(2014.9)
人生道
いいも悪いも すべて自分持ち
人のせいにしても何も いいことは無い

同じ想いに ポンと手を打つ!(2013.7)
最近は相手の価値観より先に自分の価値観を強烈に主張する人たちが目立つ
ここに気を付ければもっとお互いを理解し合えて
無用なトラブルは防げるような気がする・・・

流儀(2012.5)
いろんなこと言われたって ほっとく!
やりたくもないことに おべっかを使わない
誰を立てるとか、たてないとか立場がどうのとか
世渡りの処世術については阿(おもね)ない
それでずいぶん損をしていると思うが
余計な疲労感を味合わずにすんでいる気がする
どうせ良いも悪いも結局自分持ち
過去に囚われていたら
今を生きることと未来を拓くことに力が出ない

愚直(2011.8)
策略で人の心までは動かせない 最後は正義が勝つと信じたい
世の中がどんなに変わろうと 人の心は変わらないと信じたい

思うこと(2010.1)
言行一致が信頼の基本だと思う・・・
相手に合わせた心地よい事ばかり言い
きちんとしたものさしをもたない人は信頼できない

最近、思うこと(2009.12)
人のことはよく見えるが、自分のことは鏡が無ければ見られない
よい鏡を持っているか否かで自分の見え方が違ってくるような気がする
鏡にたとえて恐縮だが、良い人とめぐり逢う事が自分を良く知る要だと思う

信じる(2008)
それは その対象に信ずるに足る何かを求めるのではなく
信じることの出来る自分自身であるかどうかだ・・・と思う

ほんとうに大切なこと(2007.3)
自分を助けてくれた人が誰かに助けられている。
誰かに助けられた人が自分を助けてくれる
自分が助けた人が誰かを助けている。
そういう連鎖に感謝し、感謝され生きている

ことば(2006.10)
言葉は発した人の意図どおり伝わらない事だってある
もし、誤解をしていると感じたなら もう一言添えるべきなのに
その言葉を解釈した相手のせいにしていないだろうか
思っているほど言葉は軽くない
言葉は言う方の気持より言われる方の気持を大切にして
使っていきたいと思う・・・

ココロ(2005.4)
ココロに感応して人は動く 策意にココロは動かない

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2017.04.26

失言? 本音だろ!

また、復興相か・・・
同じ職責でまたも・・・
ホントに人を見て人選しているのだろうか、
はたまた人を見る目がないのか?
任命責任が言われるのも無理からぬことに思える

人生経験も政治経験も豊か?であろう齢70の復興相が失言!
報道では「失言」としているが、私は単に本音が出た、
人間の本質が出たと受け止めている。

失言とは、「言うべきではないことを、うっかり言ってしまう」ことで、
そんなことが解らない人はそもそも政治家の資質がないのだ。

東日本大震災について「(発生が)まだ東北の方だったから、
よかったが、首都圏に近かったら甚大な被害があった」などと述べた後、
いろいろと言い訳をしていたが「東北の方だったから、よかった」と
言ってのけるところに、自らの使命を解っていないばかりか、
人の気持を解ろうとする謙虚さが全く感じられない。

似たようなことを、何度も書きたくないが
政治家に期待すればこその苦言と受け止めてほしい・・・

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2017.01.19

ポスト・トゥルース

こあいだ読んだ新聞で気になったものがあった。
自分も常々感じていたことなので何回も読み直してしまった・・・。

「ポスト・トゥルース」・・・
最近出てきた言葉で定義は決まっていないが、米国で言うそれは・・・
『書いてある内容が真実かどうかを問題にせず、自分の都合のいい話題だけを見て行く現象。
発信者と受信者の関係で見ると、ポスト・トゥルースという問題は情報の受け手にある。
発信者はページビュー(PV=ウェブサイト)を稼ぐために情報を発信している。
見てもらうことで広告収入を得るため、嘘でもいいから人がスカッとする「偽ニュース」を発信する。
受信者は、受けた情報が真実に基づくものなのか、でっち上げなのか分からないように書かれているため、自分が正しいと思えるものは正しいとして読んでしまう。
センセーショナルなものであればあるほど、情報は流通する。
情報の価値は今、読む側が決めている時代になっている。』(某新聞記事より・鈴木一人・北海道大学大学院教授)という事だそうだ。

真実に基づく判断が難しくなってきている。
情報の受け手にその判断力が求められる時代になった・・・。
心していかねば! 

思える記事でした。

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2016.12.01

人のふり見て わがふり直す・・・

「君はどう思うんだ」・「前例がない」寂しいセリフだ。
決断できずおろおろするだけのうろたえが、
はたまた責任追及が自分に向かないように謀るその下心が、
丸見えで。
姑息というのか、「決める」ということを放棄している。
だがそのことで安全地帯に立てるわけがない。
以後、どの言葉も見透かされ、素通りされるから。
率いるべき人がまずは自己保全に走るという甲斐性の痩せこけが何とも侘しい。
11/30朝日新聞「折々の言葉」より

見て見ぬふりをしない事。ごまかさない事。
自分はそうなりたくない!  ならない。と
思わせて頂けた一文でした。
筆者の方へ・・・ありがとう!

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2016.03.17

何をかくか 何を読み取るか・・・(開設12年目を迎えて)


私事を早く・広く発信することが
誰でも
とても容易になった 今

何を書くか
なにを読み取るか
大変で 大切な時代になったもんだ
と思う

大上段に立った 物言い
感情を暴発させた 物言い
深い洞察を行わず人や世間を批評する 物言い
自ら見出した法則にこだわった 物言い
読み手に気持ちを強要するものには好感を持てない

写真でも 人への想いでも
素直に表現された気持ちには共感・好感を憶え
豊かな気持になる

何をかくか 何を読み取るか・・・
どう読み取るかそれを大切にして
ここを 続けていこうと思うのです

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2016.02.11

中間○○○・・・

最前線は マニュアルどおり 規則どおり 
いかないもの

100人応対すれば100とおり
1000人対応すれば1000とおり

言っても いいくらいだ

それを 

規則と称する数限られた枠の中に
何とか収めようと 頑張っているのが
最前線の戦士たちだ

その情熱を成果につなげたい 

思っても

規則や上層の都合に阻まれて
そうはいかないジレンマに陥る

何もしないでやり過ごすか

大変だけど
既存の仕組みの中に風穴を開けて
満足と言えないまでも 趣旨を通すか

でも これって 楽しくもある!
中間○○○

な~んちゃって・・・

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妻の妊娠中に不倫・・・国会議員が!

命の大切さが解らない国会議員に対する憤りは
過去何回も此処に記したが

またか・・・

ホントに情けない・・・


奥様の気持を慮ると 辛い


社会の一番基本的な家庭において

命の大切さや 思いやりや 

人の道の正邪が解らない奴に

政治に関わってほしくない

100回謝るより

即刻、議員を辞して欲しい


と思う・・・

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2015.02.26

思い込み

一度 妙案が浮かぶと
それに固執してしまい
最初の視点から動きにくくなる

それを
向かい側から見てる人もいるし
横から見ている人もいる
もしかすると
自分の思いもよらないところから
見ている人が居るかもしれない

思い込みは視野を狭くする
いつも 見えているものさえ
見え難くなる

目だけじゃないかも・・・
耳も 遠くなる

そうやって 固くなっていく
嫌だね

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2014.09.04

自分流の歩き方・・・

自分の意見や自分の事を言うのは
いちばん最後
それも 必要と感じたら
で 
いいと思っている

そうやって今までやって来た
人の意見をあらかた聴いた後で話し出すので 
自分の意見を持っていないと
誤解されることがあったかも知れない

人それぞれ違った人生経験を持っていて
目線も違うので それを理解するには
まず 聴く事だと思うので
そうしている

それがいい事だか どうか知らないが
自分流でいくことに決めているから・・・

もちろん
テーマが提示される
協議の場では 
だんまりはいけないけど・・・

立場や環境によって
その場での自分の信頼度によって
いろんな要素の中で
正論と思えることが
通らないことがある

それは それで仕方ない
そういう時は
一旦 引っ込め
自己鍛錬と
時を待つことにしている

そうしているうちに
自分の中に 新たな気持が生まれることもあるし
より一層の確信に満ちることもある

とにかく うまくいかない事が当たり前と心得て
一喜一憂しないように努めている

人生道
いいも悪いも
すべて自分持ち
人のせいにしても
何も いいことは無い

じゃないかと思ってる・・・

ん なこと書いても
ここは おそろしいほど
人に読まれないトコだから
安心してかけちゃう!

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2014.03.20

ベビーシッター事件

悲しい事件です
憤りさえ禁じ得ません
なぜ こうなるのでしょうか
ほんとうにつらい出来事です

ネットで見ず知らずの人に我が子を預けるのは安易かとも思いましたが
国会議員の野田氏が、「児童の養護と未来を考える議員連盟」の会合で
「私も(サイト)で検索し、わらにもすがる気持ちでお願いしたことがある」(実際利用には至らなかったそうだが)と、打ち明けたそうです。
そして、「夜遅くとか、障害を持っているとか(の場合には)既存のベビーシッター協会では応じて貰えない。おかあさんを責める声があるとしたらどうかな」(3/20付読売新聞)
と述べたという記事を読んで、その人の立場に立たなくては解らないことがある。
安易に感想を言うのは慎もうと思いました。
そして、こんな輩でも自分でベビーシッターと名乗れば通ってしまうネットの怖さも あらためて知らされました。

朝日新聞デジタルの記事では、
『龍琥君の母親と自分の母親が同じ飲食店で働いていたという女子中学生(15)は2~3月に3回、龍琥君の母親がいない間に兄弟を預かったという。DVDを見せるなどしたが、龍琥君は「ママ、ママ」と口にした。「ママが居なくてさみしい?」と聞くと、泣いて手がつけられなくなったこともあったという。』
と書かれていました。

2歳の子が母親を慕って泣くのって、あたりまえだよなあ・・・
それなのに・・・
多くは語れません・・・
評論はしません・・・・

ただ ただ
りく君のご冥福と弟さんが元気に全快する事をお祈りします。

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2014.02.25

あきらめない・・・

矛盾とか
割り切れない事とか
正論が通らない仕組みとか
正邪より 好き嫌いが通ったり
立場を守るために持論を曲げたりとか
とにかく
思い通りにならないことが
いっぱいある

見ぬふりをしていれば
少しは 楽になるかもしれないけど
そういう自分に嫌気が差したりする
そんな事柄をどう昇華させいてくか

知恵と勇気の出しどころ
なかなか うまくいかないから
出来た時は 倍嬉しい
自分に倍がえしだ

叶うにしろ
叶わないにしろ
正邪を見分けることを忘れちゃダメだ
とオモウ

あきらめない
しつこさ
大切だとオモウ

損とか

じゃなくて
ひたすら
自分らしく
歩いて生きたいものだ

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2014.02.05

開設 満9年にあたって・・・

10年ひと昔という言葉がありますが
ここを開設した時と比べるとネット社会も隔世の感があります
今では、スマホなどの普及で、365日24時間、何処に居てもネットにつながり
ネッ友はいつでもそばにいる実感がもてます。

私の様に自宅に帰ってから、PCの前に座ってキーボードを打つなんて人は
少なくなってきたのではないかと思います。
でも 私はこのスタイルを当分替えるつもりはありません。
ガラパゴス・・・と言われようとも・・・
ネットに居る時間とリアルな世界にいる時間をはっきりと区別したい・・・

いうより そうしないとその区別が混とんとするようで嫌だからです。

開設当時を振り返ると その時は詩が中心の無年齢・無性別のH.Pがメインで
ここは サブ的でテーマにあるように「騒がしい中で自分を見失わないように」するために
自分の考えを書きとめておく場所としてきました。

しかし、最近は他にアップしている「真波のブログ」の方がすっかりメインとなってしまいました。
ここも 更新はしていくつもりですが 何かのご縁でここを訪れて頂いたらそちらの方へも是非来て下さい
ご案内します⇒こちらです  http://blogs.yahoo.co.jp/jun20130831

たいして役に立つところではありませんが、何か一つでも考えを一つにするところがありましたら幸いです

来て頂きまして ありがとうござました。

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2013.12.01

思い込み・・・

人は 歳を重ねる毎に
思い込みが激しくなる?・・・

1を聞いて10を知るという言葉があるけれど
1も聞かずして 自分の思い込みで返事を返してくる
自分の経験則から こうすれば こうなるという
固定観念から 抜け出せないようだ・・・

求める回答と違っていても
聞き直すゆとりを与えてくれない
無理して聞けば 生意気な奴だと思われ
ますます 聴く耳をもたれなくなる

人生の先輩とのおつきあいは
自分の意見を退くことからはじまる

のか・・・

・・・

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2013.10.17

自分が思ったことを、他人も同じように受け取るとは限らない

今朝の新聞のコラムに
『自分が思ったことを、他人も同じように受け取るとは限らない。
小さな意識の差が、やがて、いさかいに発展する場合もある。・・・』とあり、
史書「吾妻鏡」が伝える源頼朝と義経の事を紹介していた。
また、『プラトンの「言論嫌いと人間嫌いとは同じような仕方で生じてくる」と 
心情を率直に語り合う言葉の不足は、理解の芽を摘み、猜疑心を育て、
人間不信へと繋がる・・・』と書かれていた。

今、情報伝達の手段や機会がたくさんあるのに、
心情を率直に語り合うことが少ないような気がする。
自分の事ばかり云うのに夢中になってはいまいか。
自責の念を含め反省・・・

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2013.07.20

同じ思いに ポンと手を打つ!

昨日の新聞に「終戦のエンペラー」の広告が掲載されていた。
この映画を見た桑田真澄氏の言葉が
今 
自分が感じている事そのままだった
簡潔にまとめられていたので ここに引用・掲載させて頂いた。

曰く
『国が違えば、文化も価値観も違いますよね。だからこそ、相手の文化や価値観を
尊重し、お互いを理解しようとする気持ちを持つことが大切だと思います』

あり、私も同感。
ここは「国」を「人」に置き換えても同じ事が言えると思う。
最近は相手の価値観より先に自分の価値観を強烈に主張する人たちが目立つ
ここに気を付ければもっとお互いを理解し合えて 無用なトラブルは防げるような
気がする・・・
わたしは ここに気をつけて生きたいと思っている

『すべての過去が現在につながっていて、先人が頑張ってくれたからこそ「今」が
あると感じましたし、それが本当に有難いことだと再認識することができました。
・・・歴史を知り、先人の行いを知り、価値観の違うもの同士がわかりあおうと
することの大切さ・・・』
とも
あり、ここも同感。
今あることへの感謝の気もちを持つことが大切だと思う。
そして、過去が現在につながっているのは一人の人も同じ。
今日の自分は昨日までの自分がそうさせた。未来の自分は今日からの自分が創る・・・
そういうことを 忘れず生きて行きたいとオモウ 

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2013.06.26

言っていい事悪い事について

言っていい事悪い事については
ここでも何回か書いたが、今朝の新聞に「失言見分ける4要素」と言うのが掲載されていたので、一部を紹介すると・・・
『「言っていい事悪い事、言っていい人悪い人、言っていい場所悪い場所」政治家の失言について、田中角栄元首相はこんな分析をしていたそうだ。①内容②発言するにふさわしい人物かどうか③場所・・・の3要素があるというわけで、言い得て妙だ。』とあった。さらに筆者は田中元首相の「失言3要素」に、時期を加えて要素としていた。

まったく同感だ。
言っていい事悪い事は、論じるまでも無いが、言っていい人悪い人については己の立場をよく知るべきだと思う。私などが間違った事を言おうが不見識なバカと相手にされないだけだろうが、政治家となれば違う。もっと自覚して貰いたいものだ。周りからチヤホヤされているうちに己を見失い慢じてしまうのか?・・・ 

とにかく政治家に限らず責任ある立場の人などの失言が多く伝えられている
情報化時代で今まで知れなかったことが明るみに出ているのか
そういう無責任な人たちが増えているのか 私には解らない・・・
前者であればいいのだが・・・

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2013.06.18

二度と戻らない・・・

感情が高ぶったとき それを言葉にしちゃいけないと思う
一度口から出た言葉は 二度と口には戻らない
耳から耳へ伝わっていくのを止められない
文章も同じだ

ツイッターだとかブログだとかで度々暴言も吐いたと批判される人も
自分が思うままを言った 正直な人なのもしれない
でも そういう時の発言は結構その人の本質が出るものだ 

私は思っている

自分の真意が誤解されたとか 
ネット社会、情報社会で、活字が独り歩きしたとか
そう言うのを聴いていると
ははん 解ってないな 

思ってしまう

発信したのは自分で 反省すべきは自分
それを受け手や しくみのせいにするのは どうかと思う

受け手のことを慮っていたら何も書けない?
そんなことはないと思う・・・
相手の気持ちを思いやれば おのずと言葉は選ばれる
と 思うのだ

人はともあれ 自分は自身を そう律していきたいと思う

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2013.06.14

復興庁幹部暴言ツイートについて

総務省キャリアの復興庁参事官が市民団体の会合に出席したときの事を「左翼のクソどもから、ひたすら罵声を浴びせられる集会に出席。感じるのは、相手の知性の欠如に対する哀れみのみ」とツイートしたという・・・。
驚くと同時にがっかりさせられた。
率直な感想を言うと、同氏の言葉を借りて言うと、人間性と見識の欠如に対する哀れみを感じてしまった。

ツイッターは何でも書けるが、不満のはけ口や誹謗中傷の場としてしまうのは何とも情けない。
言っていいこと・悪い事、言うべき事と、言ってはならぬ事の分別はわきまえなければならないと思うのだ。
それに文章は人柄が出る。内容は考えた方がいいと思う。

同氏をかばうつもりは全く無いが、同氏の千葉県船橋市副市長時代を市幹部が「手堅い仕事ぶりだった」と振り返るという記事や、国家公務員に戻って1週間目。快活だった船橋時代のツイートが荒れていく経過の記事もあり、それらを読むと同氏の他にも改めるべき点があるようにも思える・・・。

以上、報道で知る限りにおいての感想でした。

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2013.05.19

生きている実感・・・

私は、新聞の一面の片隅にあるコラムが好きだ
今日は「生きている実感」について書かれていた

『著名な精神科医・神谷美恵子氏が書いている。”本当に生きている”という実感を得るには、「生の流れはあまりになめらかであるよりはそこに多少の抵抗感が必要」と。また、「生きるのが苦しい時間のほうがかえって生存充実感を強める」とも(生きがいについて・みすず書房)
氏は、結核と闘い、夫や病弱なわが子を支え、ハンセン病患者の治療に障害をささげた。苦難に屈せず、気高き信念を貫いた人の言葉だけに、含蓄深い
人生にはむ、さまざまな起伏がある。絶体絶命ともいえる難局を、劇的に打開した友が、たくさんいる。多くが苦難の時代をこう述懐する。「必死だった日々が、一番充実していた」「あの時、自分の境涯が開けた・・・』とあった。

これまで小さな苦難ではあるが、出逢って乗り越えてきて、そうだなあ~と思う。

コラムでは、『苦難があることは、幸せの因があること(要旨)だ』とも書かれていた。
苦難があることはいいこと・・・そう思い、ソイツがやって来ても怯まず進もうと思わせてくれた今日のコラムだった。

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2013.05.14

報道と政治家の発言について 私見

今日、あるテレビ番組の中で橋○氏が従軍慰安婦について「特殊な状況下では必要であった・・・」というような発言したことを報道していた。政治家として誠に不見識な発言だと思う。
また、沖縄視察の際、米軍司令官に「風俗店をもっと使ってほしい・・・」旨の発言もしたという。言われた方もさぞ困惑しただろう・・・

その橋○氏の発言を聴いていて
あらら! 後でどういう言い訳をするのかな・・・それともしないのか
と 思った

報道する側にも、それなりの意志があり、断片だけとらえて真意を操作することだって出来るので、幾つかを見比べないとその内容が見えて来ない。
だから、ここで大上段に語ることはしない。
自分が知る範囲内での感想だ。


話は変わるが
よく 「あれは失言でした」と弁解する政治家がいるが、
自分の言動に最も責任を持たなければいけない職業についているのは承知の上なのだから、もし、そうだとしたらその時点で政治家としての適性はアウトだ。信頼できない。

その場に迎合して、口当たりのいい事を言ったとしたら、
その人は、おそらく自分の政治哲学を持っていないのだろう。そんな人に任せたら未来が危ない。

慢じて、つい本音が出てしまった・・・という事もある。
人として正しい道ならそれでよいが、そうでない場合は将来権力を持った時の事を考えると恐ろしいし、普段の言動と不一致なら、騙されていたことになる。

いずれにしても、この大きなしくみの世の中で生きて行く上で、すべてに自分が拘わる事はできない。だから、ある面ではプロにお願いすることになる。その中で、未来に繋がる重要なものが政治だ。

つくづく 選挙の時は心して選ばなくてはならないと思うのだ。

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2013.05.08

何が

毎日 胸を痛める事件が
報道されます・・・

ずっと 前から
人って そうだったんだろうか
日本の国って そうだったんだろうか・・・


迎合しない
村八分になることを恐れない
正義を貫くために
みんなと違う事をすることをためらわない

人の憂いに我も泣き
我が喜びに人が舞う
当たり前のようにそうする

自分に降りかかる様々な事象に対して
他に責任を求めようとしないで
自らの因と捉えようとする

そんな
本来持っていた
素朴な人間味が
感じることが少なくなったような気がする
少しでも 取り戻したいと願う

自分は 何が できるのか
人の為に自分の時間を使う事を厭わしく思う
先ずは そんな 自分の心を拓いていかなければ・・・

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2013.05.06

ようやくデジイチに慣れてきた・・・

昨年の暮れ、デジイチを購入した
使い方も慣れてきて、最低限欲しいレンズたちも揃った。

私は、「撮りに行く」のではなく、どこかに行く時にカメラを
「持って行く」スタイルなのでデジイチも小ぶりのOM-Dにした。
これは、大正解だった。28-300㎜(35㎜換算)をつけても
いつも持ち歩く小さなバッグに入ってしまい、わざわざ持って行く感が無い。
他にもレンズを持って行く時はカメラバッグを持って行くがだいたいはこれでОK
性能も普段使いには十分過ぎるほどだ。

最近 気になりだしたのは
絶景地点で三脚をどっしり設置してそこを占領しているカメラマンたち・・・
私の様な気の弱い人はそこで撮りたくてもあきらめて帰って来るしかない。
早い者勝ち? なのか、夢中で周りが見えないのか・・・

ま、絶景ポイントなら 誰でもでも いいものは撮れるでしょ・・・(負け惜しみか)

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ココログさんに感謝!

2005年2月に開設してから、満8年経った。

訪れる人も殆どなく 自分だけの忘備録みたいになってる。

ココログさんとしては迷惑な人かもしれないが、
私などにもこういう場所を提供してくれるココログさんに感謝します。
ありがとう ございます

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2012.12.06

最近 オモウこと

人って
誰も寛容な部分と
これだけは譲れない部分と
併せ持っている・・・

これを知らないで
と いうか
知ろうとしないで
自分の言いたいことを言ってると
そのうち
こんな些細なことで なんでそんなに怒るの?!
という事件が起こる・・・

言った方は理解できなくても
怒った方にはそれなりの理由がある
いったん、そういうものに触れたら
修復ができなくなることだってある

そういうことへの気遣いって
逢って話して、時を重ね お互いを理解していった頃と違って
簡単に自分の言いたい事が自由に言える場所ができてきた

もっと 大切にしなくちゃいけないんじゃないかな?

そういうことを大切にしていける人でありたいと
オモウのです

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2012.12.02

言って いい事・悪い事

自分の中に留めること 
二人の間で留めること
そんな事が解っている人でありたい


言ってはいけないこと
と 
言うべきことが
はっきり
解っている人でありたい

そういうプライドを持つ
人でありたい

いつも うなづいて
人の話を聴いていて
話す場を与えられた時に
思いを端的に話せる
そんな人でありたい

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2012.10.29

知ることの楽しさ

ある方のブログで茨木のり子の詩を紹介していた。
普段 自分が感じていることを、言葉少なに、
でも 端的に表現していて 感銘を受けた
記憶に残すのは 無理そうなので
ここに記録しておくことにした。

 

自分の感受性くらい    茨木のり子


ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊敬の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

たくさんのブログを訪ねて歩くと
今まで知らなかった 新しいことに出会える
そして もっと 広く見渡せるようになる
それが 楽しくて ブログめぐりをしている

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2012.09.17

読む=生きるチカラ


先日、新聞のインタビュー記事に、アグネス・チャンの言葉が載っていた

曰く

「「読む」のは誰かが書いたものと思いがちですが
「自分が書いたものを読む」ことをお勧めします。

・・・・思い出や記憶は日々、色あせるもの。
それを分で残しておくと、後で読んだとき、色鮮やかに蘇ります。

・・・・何かに悩んだときも、書くといいんですよね。たくさん書いて、
一晩寝てから読み返したら、問題が解決できることがあります。
考えているときや書いているときには見えなかった”出口”に、読んで気付く。
読むときにしか働かない脳の力があるのでしょう。
その読む力が、生きる力にもなるのだと思います。(抜粋)

このことについては、自分も中学生のころから、書き綴っていたので良く解る。
我が意を得たり!と、思わず手を打ってしまった。
ここはもちろんのこと、本拠地であるHPも大切にしていきたい。
と思った。


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2012.07.21

ひとりで成し遂げたと思っているけど・・・


本当はそれに何人もの気づかぬ関わりがある
それを知ったら 
感謝せずにはいられな
謙虚に振る舞う事を忘れていた自分を
正さずにはいられない
そうやって 生きて居るのだ
目の前の事を見過ごさずに
するためには
そうしようとしなければできない

今起きている 世の中の
痛ましい事件は
そうしたことを 
見過ごしているからではないか

思う・・・

もうひとつ 記憶しておきたい
茨木のり子の詩をメモしておこう

『知命

他の人がやってきて
この小包の紐 どうたら
ほどけるかしらと言う

他の人がやってきては
こんがらがった糸の束
なんとかしてよ と言う

鋏で切れいと進言するが
肯じない
仕方なく手伝う もそもそと

生きてるよしみに
こういうのが生きてるってことの
おおよそか それにしてもあんまりな

まきこまれ
ふりまわされ
くたびれはてて

ある日 卒然と悟らされる
もしかしたら たぶんそう
たくさんのやさしい手が添えられたのだ

一人で処理しきたと思っている
わたくしの幾つかの結節点にも
今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで』

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2012.07.20

人や環境のせいにしない

そう いつも 自分にいいきかせている

茨木のり子の詩にこんなのがある


「自分の感受性くらい

ばさばさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ」

・・・とても 感銘を受けた

私も・・・
わが胸の奥底に眠る尊厳を
放棄しない
時代の流れだとか
処世術なんかに
まみれない
私は私らしく
強く 優しく
生きて行きたい

思うのです・・・

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2012.06.07

大変なのは 自分だけじゃない!


自分は大変な環境にいると 
思わないことだ
もっと 大変な思いをして
じっと耐えている人が いることを
知らなければならない

環境が違えば その大変さの質も
違うだろうが
大変なのは 自分だけではないのだ
それを知れば ここで
もっと 頑張れる勇気が湧いてくる

とことん 頑張る!
そう 決めていくしかないのだ
愚痴からは 希望は生まれない
頑張ると決めたところから
希望が生まれるのだ

今いる場所で頑張ることが
新しい明日へ
踏み出すことになると信じて
征こう!

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2012.05.17

ここまで、これから

自分でどうにもならないことで
愚痴を言ったり、落ち込んだりしてもしかたない
それより、自分を取り巻く環境の中で
自分は何ができるのか 
今、できる最高のものって何だろうか
自分はそうして 歩いて来た
振返ってみれば 
自分なりによくやってきたと思う
後悔は無い

これがこのまま続くのなら
もしかすると楽なのかもしれない
でも、此処に満足している訳じゃない
新しい環境に身をおくことのプレッシャーを
避けたい気持ちに引っ張られそう・・・
楽とか辛いとか誰かの為とか
考えたって答えは出ない

つまり道が二つに分かれているのではなく
今までの道は終わったのだ
だから 新しい道を征くのだ
そう、思うことにした

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2012.05.10

流儀


広大な大地
どこを歩いてもいけるのに
自然に道ができる
歩きたいところを歩くのが自分の流儀
道から外れることだってある
いろんなこと言われたって ほっとく!
やりたくもないことに おべっかを使わない
誰を立てるとか、たてないとか立場がどうのとか
世渡りの処世術については阿(おもね)ない
それでずいぶん損をしていると思うが
余計な疲労感を味合わずにすんでいる気がする
どうせ良いも悪いも結局自分持ち
過去に囚われていたら
今を生きることと未来を拓くことに力が出ない
見たままに感じ、聞いたままに思う
素直に行くことが自分の流儀
おしつけたりしないけど
自分はそう生きる

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2012.04.26

すてきなひと・・・。

掃除だったり、草毟りだったり・・・。
自分がやらなくても、いずれは誰かがやってくれる事ってあると思う。
そういうことを当たり前に自然にできる人
そして、私がやりましたなんて言わない人。
そういう人を私はステキだと思う。
そういう人って、のっびきらない状況の下でも、
人としてやるべきことを坦々としてやっていくような気がする。
自分の事だけに汲々としないで、そういう余裕を持ちたいと思う。

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2012.04.23

そうだなあと思う

「超訳ニーチェの言葉」という本にこのような一節がある(抜粋)
“提示されたある案に対して反対するとき、よく考え抜いた上で確固とした根拠があって反対する人はごく少ない。
多くの人は、その案や意見が述べられたときの調子とか言い方、言った人の性格や雰囲気に対して反発の気分があるから、反対するのだ。・・・・
表現の方法、説得の仕方、物言いの工夫という技術的なものも確かにあるだろうけれども、それらの上には、技術では及ばないもの、つまり、意見を述べる人の性格や容姿、人柄、生活態度などがあるということだ。”とある。

さまざまな会議を振り返り、そうだなあと思った。

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2012.03.26

やった方がいいこと・・・


やった方がいいことを
やりたくない気持ちを超えてやること
それが自分を軽くする

やらなくちゃいけないことを
躊躇せず行動すること
それが自分を明るくする

失敗したとき
認め、すぐ次の一歩を踏み出すこと
それが 自分を強くする

経験則に凝り固まっていないで
人の意見に耳を傾けること
それが自分をやわらかくする

評価は人のすること
自分はどれだけ真剣に取り組んだかを
考えればいい

愚痴が出たら黄色信号
人の批判が出たら赤信号
自分を見つめなおす時

自分の思い通り進められないときの方が多い
その時どう 進んでいくか
すぐ決められるようにしておこう!

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2012.02.01

ALWAYS 三丁目の夕日'64

ALWAYS 三丁目の夕日'64を見てきた。一人で見に行ったが観客は5・60代と思われる夫婦づれが多かった。その中に30代くらいの女性がひとりいたのにはほっとした。 3 D映画は初体験だったが臨場感があってよかった。
三丁目の夕日は前作についてここでも6年前に感想を書いたが今回は特に人の喜びを自分のように喜べる素朴さや、鈴木オートの夫婦が従業員のロクちゃんを自分の子供のように慈しむ姿や小説家の茶川夫妻が自分達の子ではない龍之介を慈しむ姿に泣けた。 あの時代はみんなそうだったのだろうか。
今あってあの頃無い物がたくさんある。今は物質的にはかなり裕福になったが、それと同じくらい心が豊かになったのだろうか。
今年、東京スカイツリーが開業するが、東京タワーができた時とはだいぶ時代の流れが違う。 東京タワーが見てきた人々の温かい心と心を東京スカイツリーも見ていけるのだろうか。
今回も美しい夕陽の景色で終わった。
50 年後の夕日を見る人たちも幸せで優しくあってほしいと願う。

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2012.01.31

ある日の新聞

「人生案内」の回答者(スポーツ解説者の増田明美氏)のコメントに「そうだよなあ。俺もそうしていかなくちゃ」と思った。(一部を転記)

「努力をすればステキな人生を歩めると思っていたのに、今まで何をやってきたのかという感じです。新たな目標を見出せません。前を向いて生きる為のヒントをいただけませんか。心機一転したいのです」・・・掲載されている全文を読むと相談者はまじめで努力家のようだ。

回答は、「目標を見出せない時は、人のために生きるという気持ちになると自分に意外とエネルギーが湧いてくるものです。今、立ち止まって考えている時にこそ、新しいあなたのスタートなのだと思います」と締めくくっていた。

自分にはもっと力があるはずだのに、それが涌いてこない。
それは、自分の事しか考えていないからだ。
人のために生きる時、自分の中に眠っている力を呼び覚ますことができる。
私もそう思う・・・!

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2012.01.08

AKB48 レコード大賞受賞おめでとう

私は特に決めてみているテレビ番組はない。
つい先日、たまたまAKB48の成り立ちからレコ大受賞までの特番見た。
ヒットしている何曲かは知っているが、それまで何年も大変な苦労をしてきたとは知らなかった。
番組の中で、途中で離れて行った仲間に対して「あの時はあれで正しいと思った」というコメントがあったが、その言葉の中に人を大切にするいたわりを感じた。
「自分たちの為もあったけど、自分たちを支えてくれたファンの方やスタッフの皆さんや秋元氏に恩返しをしたかった。その証として絶対欲しかった」という熱い情熱も語っていた。
何度もだめだと思ったのに、それでも1つの道を歯を食いしばり進んで来れたのは、自分だけではなく、皆が力を貸してくれたからだと素直に感謝している姿に好感を持った。
また、師を信じてどこまでもついていくということは語るほど簡単なことではない。
できることなら、これまでと変わらない心と情熱をもって活躍して貰いたいと願う。

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2011.12.22

心の扉は内側から開く・・・


自分はいろんなことをやってきたと 
語りつくせぬ人がいる
聴いていてすごいなと思うけど
それって何がそうさせるのか?

人に聴かれて話すこと と
聞かれる前に話すこと
同じようで結構ちがったりして・・・

ボクはね 聴かれるようになりたい

人は
ホントは
聞くより聴いてもらいたいんだとオモウ

話し始めるまで
そっと待っていてくれる人は
そうはいない

だから
ボクはそういう人になろうとオモウ

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2011.09.05

大正・昭和の良きもの

私は西岸良平の描く世界が好きだ。
特に三丁目の夕日には魅かれる。昭和30年代の人の生き様や風景にとても懐かしさを感じた。
その時代に生きたわけではないので懐かしさというのも変かも知れないが・・・。
鉄道が好きな私は、また鉄道ファンである氏が描くそれにも興味を魅かれるのだ。
三丁目の夕日の時代の少し前、昭和25年に大阪高等学校が廃止されているがここの寮歌が実にいいのだ。
最初に聞いたのはいつか忘れたが久しくこの歌の出典がわからなかったがインターネットのおかげで知ることになった。設立は大正時代とのことだが、その時代の学生の気概が感じれられて勇気をもらえる歌だ。ここを訪れた人には是非知ってもらいたいのでその歌詞を旧制大阪高校のHPより転載させてもらいます。


東天紅を染むる金剛の峯にこれを嘯かば天下の惰眠一時に破れ、
夕陽沈む茅渟(ちぬ)の海にこれを叫ばゝ魑魅魍魎も影を潜めん。

1.嗚呼 黎明は近づけり
 嗚呼黎明は近づけり
 起てよ我が友自由の子
 帝陵山下の熱血児
 侃諤の弁地をはらひ
 哲人の声消えんとす

2.嗚呼 暁鐘は鳴り響く
 嗚呼暁鐘は鳴り響く
 三州の野に殷々と
 強き響きを伝えつゝ
 旧殿堂の奥深く
 眠れる魂を醒ますべく

3.城南高し三層楼
 籠もれる理想を誰か知る
 美酒玉杯に耽りたる
 偸安の世を低く見て
 文を学び武をば練る
 五百の健児君見ずや

4.橄欖咲いて海青き
 アテネの街の春の色
 七丘の森秋更けて
 ローマの古都に月高し
 歴史はふれどオリオンの
 三つ星いまだ光あり

5.それ青春の三春秋
 交に友と呼び交わし
 君が愁いに我は泣き
 我が喜びに君は舞う
 若き我らが頬に湧く
 その紅の血の響き

6.紫匂ふローレルの
 葉蔭に宿りし美鳥が
 一度目覚めて羽搏かば
 彼の大空に雄姿あり
 友よ溢るゝ若き日の
 希望の果てをいざや見ん

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青春

私は、サミエル・ウルマンの「青春」という詩が好きだ。どんな人なのか興味を持ったがサミエル・ウルマン氏は、アラバマ州の人らしいが当時は無名でほとんど知られていなかったようだ。
この詩が日本において有名になったのは、ある日本人がこの詩を見つけ、感動し、漢詩調に翻訳した。後にこれが松下幸之助氏の眼に止まり、あるインタービューでこの詩の事を紹介したことから一躍有名になり知れ渡ったそうだ。
心を魅かれるその一言一句は訳者に依るところも大きいのかもしれないが、サミエル・ウルマン氏に素晴らしい言葉をありがとうと言いたい。少し長くなるが、いつも読み返せるようにこの心録に全文を転載した。

青  春
サミエル・ウルマン
青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

   人は信念と共に若く  疑惑と共に老ゆる
   人は自信と共に若く  恐怖と共に老ゆる
   希望ある限り若く   失望と共に老い朽ちる

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。

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2011.08.29

愚直

策略で人の心までは動かせない
最後は正義が勝つと信じたい
世の中がどんなに変わろうと
人の心は変わらないと信じたい

偽りや欺きは一つで終わらず
次から次へ連鎖する
連鎖の中で心を亡くし滅びていく人もいる

時に正義を貫くことは
そうしない事より何倍も辛いかもしれない
最後まで貫きとおしたとき
今までの障害が正義を証明すると信じたい

パフォーマンスに猛けた人がいる
話術がうまい人がいる
情報は 混合玉石入り乱れ蔓延し
すでに常人の処理の範囲を超えた
世の中の
あらゆる・・・らしきものに惑わされず
訥々と
真実を語る人でありたい
聖人でなく 凡人としてありたい

強く、強くそう願い
そういう人になりたい
人として何が一番大切なのかを
常に心得ていたい

いつも わすれないでいたい・・・

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2011.07.05

怒!

ついこのあいだ復興担当相に就いたばかりの某氏。
被災地の知事と会談した際の威張り腐った命令口調の話っぷりや
自らを「お客様」として、その接待に文句を言い放つ
3ヶ月も経つのに「俺九州の人間だから、東北が何市がどこの
県とか分からんのよ」と言って憚らない態度を見て唖然とした。
未曾有の災害を目の当たりにしてその復興には客や上も下もない、
同じ立場に立って気持ちを合わせて取り組んでいくべきものと
思っていたが、このお方はさらさらそんな気持ちを持ち合わせて
いないようだった。
こんな人には被災地復興の責任者をまかせておけないと感じた。
謝罪会見にしても取るに足らない幼稚な言い訳けをしていて
謝りたくないという気持ちが如実に出ていた。
60歳にもなってあの程度のことしか言えないのだろうか?
今までどんな生き方をしてきたのだろう。

一般人なら、我儘で不見識なオジサンですむかもしれないが、
一国の大臣としては看過できない。
この大切な時に、ひとの気持が理解できない物の怪がなんで大臣になれるのか
おかしい・・・!
ともあれ、人にとって大切なのは社会的地位ではなくて人間性の豊かさであると
つくづく思う。

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2011.04.29

辞令は突然に

「異動です。○月○日より、○○へ行ってもらいます」
その後は、処遇や異動のいきさつ等を言われたがあまり耳に残っていない。
異動に意味の無いものは無く、そこにいらないのか、どこかでいるのかに大別される。
今回の異動がどちらかは今判らないが、たとえ前者であったとしても大切なのは行った先で自分の役割を見つけ、果たしていくことであり、結果の善し悪しは半分以上自分持ちではないかと思っている。
少し心残りなのはここでやりたかった事がまだいっぱいあったことだ。
自分がやってきたことへの評価は人が決めることなのでわからないが、会社にとって必要な人材を育ててきた事だけは自負している。
異動が決まるとつい先を見てしまうが、ここでの締めくくりもきちんとしなければと思う今日この頃である。

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2011.04.03

東日本大震災に思う

震災についてはその被害の大きさを知るにつけ、被災された方々になんと言っていいのか
言葉を選んでしまい、なかなか書けません。
被災地に救援物資を届けた方の話を友人から伝え聞きました。
「まるで地獄絵図を見るようで想像を絶するものであった」との事でした。
寒くありませんか。食事はとれてますか。眠れていますか。お体は大丈夫ですか。

センバツの選手宣誓にはとても胸を打たれました。
その中で「生かされている命に感謝・・」という言葉がありました。
どうぞ、生かされている命を大切にしてください。
そして、またあの麗しいふるさとへ蘇生することを心から願ってやみません。

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2011.02.18

ある日の午後

このあいだ、会社のおエライ人から、「今朝、ここで君と会ったよね!」と問いかけられた。
社内では結構いろんな人とすれ違うので、突然そう聞かれてもつぶさには返事ができなかった。
執拗に質問を繰り返すので「?・・」だったが、どうやら私が挨拶を返さなかったことを咎めているらしいことに気づく。
「気がつきませんでした。申し訳ありませんでした」と謝ったけど、「確かに会った。こっちを見ていた・・・」と怪訝そうな風だった。
私は、その方に良くも悪くも特別の感情はないし、仮に嫌だと思っている人に故意に挨拶をしないなんて偏屈な心は持ち合わせていない。
朝が忙しい部署にいるので、仕事に気をとられて気がつかなかったのだろうと思う。
原因は挨拶をかえさなかった自分にあるが、少し不愉快な気持ちになった。
私は、挨拶を返されない時があっても、次に会ったときに挨拶を掛けて返してくれたらそれで良しと思っているが大様だろうか?・・・
実際、その方に挨拶して返されなかった事があったが私はそのようにしてきた。

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2011.02.10

こころの扉


自分の気持ちが伝わらない
嘆いてみても仕方ない
所詮他人の胸の奥
無理に開けては見られない

伝える策を練るよりも
受け容れられる己(おのれ)へと
心を拓いて・ドアを開けて
じっと・じっと待ってみよう

人が話し始めるとき
開いた心の扉から
自分の気持ちも入って行ける
それが自然でいいと思う

開けようとするよりも
開けられるの待つほうが
やさしい気持ちになれるから
素直になって入っていける

BGM:「みでい ぺえじ あぽろん」さん
(http://www.geocities.jp/apollon_7777/index.html)
の「人を恋うる唄」を推奨。

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「元気があれば胆石にもなれる!」・・・

「猪木さん痛みはどうでしたか?」
「十分、胆のうしました!」って猪木が言ってた頃

私も、ニョウロ結石で10日間十分苦しみました・・・。
いつ出るか~とおしっこをするたびに便器を覗き込んでいたが
「カラン!」って音がして出てきゃがった! こいつめ!
さっとつまんで洗って持ち帰り、記念撮影。
最初の2・3日目までは同情的だった周囲も、日が重なるにつれ、
「それどうにかならないの?」、「病院変えたら?」、「石じゃないんじゃないの」
・・・と、だんだんトーンが変わってきた・・・出てきてよかったよ。
実際、痛い目にあった人じゃないとわからないよね。
なんせ、三大激痛のひとつと言われるくらいだからね。

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2010.10.03

ゆったり

ここにこうやって思った事、感じたことを書くこと

人と何かを伝えなくっちゃという気持ちでなく、
あてもないよもやま話で過ごすこと

何があるのか見えないくらい遠くの景色を
ぼーっと眺めること

秋の虫の音にしーんと耳を傾けること

そういうゆったりした時間を持つこと
たいせつだよね
きっと


読書の秋。
今、これからの「正義」の話をしようって本
ちびりちびり読んでます。
ちびり読んですぐ寝ちゃうから・・・進まない

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2010.08.08

美丘

美しい丘の風景が想起されるようなこの言葉に惹かれて第1話から見ている。  
いろいろな見方があると思うが私は描かれているよう素直に受け容れている。
ドラマの中でヒロインのおばあちゃんが「人生はね。長い短いじゃないの。どれだけ悔いなく生きるかってことなの」と言っていた。
自分の人生いかに生きるかは自分で決めること。そこに億劫だとか、妥協とかが本当はあっちゃいけないんだろうけど、なかなかそのとおりになっていない。
いつでも、「悔いなく生きること」忘れずにいたい。

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2010.05.13

だから、何が言いたいのサ

自分の言ったことに責任を持つ気が無いのか、
すぐ忘れてしまうのか知らないが、
簡単に前言を翻す人がいる。
自分の意向を真摯に伝えようとせず
相手任せにする人がいる。

何回聞いても、それが結論なのか不安だし
相手の考えを慮った末、ちゃぶ台をひっくりかえされたり・・・
そういう人との付き合いはホントに疲れる
自分はそうなりたくないとオモウ
まあ、誰でもそういう人とのお付き合いはあるでしょう。

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2010.02.09

素直に生きる

普段の生活の中で物事の仕組みだとか、人の立ち振る舞いや言葉などがすべて自分に好ましいものばかりなんてありえない。
でも、初めから、好ましいものばかりを選択して好ましくないものを排除したり、今までの経験に固執して自分の考えを押し通そうとしたり、取り巻く環境にいちいち一喜一憂していると、そのうち窮屈になる

いま、自分の周りに起こっていることをありのままに見て、受け容れてみようと思う。
それから自分はどう歩いていくのか自分の心できちんと決めていこうと思う
今まで、ここまでの旅でずいぶんと心が硬くなっているようだ。
心にやわらかさを取り戻して素直に生きること。
それは、いつもそうしようと強く思わなければそうならない。

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2010.01.28

思うこと

本当に人の気持ちをわかろうとしたら
自分はちょっと横に置いとかなくちゃダメだ
それを持ったままじゃ きちんと受け容れられないから・・・
さっと下ろして、置いとける人になりたい!

いろんなことを知りたいと思ったら
容易くしかも多くの情報を得られる環境になった
ただ、それらの中でどれが正しいのかを判別するのがとても難しくなった
だから、物差しの重要性が増している
自分のものさしをもっと磨かなくっちゃ!

言行一致が信頼の基本だと思う・・・
相手に合わせた心地よい事ばかり言い
きちんとしたものさしをもたない人は信頼できない

人の役に立てる人、本当に大切なものがわかる人
が、素敵だ!

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2010.01.07


職歴・役職・人生経験など、様々な人間関係の中で生きてる訳で、時には合点がいかないこともある。
その中で麗しい友好関係を築いていくのはとても大切だと思う。
昨年の暮れ、人生の先輩が1冊の本を贈って下さった。
自分で本を購入するとどうしても自分の視野の範囲のものになってしまう。
自分ではおそらく見つけられないだろうと思われる本を頂いたことはとても嬉しい。
視野が広がるのが楽しい。
何かお礼をと思ったが、何が良いのか思い立たない自分が情けない。
自分が嬉しいと感じたこの事を他の誰かにしてあげること。それがいいかな?

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2009.12.06

最近、思うこと

何も言わないで何もしないというのはどうかと思うが
言ったことをやらないのはもっといただけない。
期待を裏切る事は信頼を失くすと同じこと
言い訳をして先おくりしても何も生まれない
たった一回、期待を裏切ることで失うものがある

言った後で知った真実を 見ないふりするのも見苦しい
無理やり帳尻を合わせるより 直す方が清清しい

人のことはよく見えるが、自分のことは鏡が無ければ見られない
よい鏡を持っているか否かで自分の見え方が違ってくるような気がする
鏡にたとえて恐縮だが、良い人とめぐり逢う事が自分を良く知る要だと思う

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2009.10.24

「僕を信じて待っていてくれた、ただ一人の女性。この4年間本当に楽しかった」

先日、南田洋子さんが亡くなられました。
テレビで伝えられる夫の長門裕之さんのその言葉に深く感動しました。
「絶対に失いたくないものを失う時間を待っている」という心境は計り知れません。
目が潤み、暖かい涙が頬を伝わりました。
 
ふたりのうち、必ずどちらかが先に行くことになります。
そのとき、人生の最後のそのとき、
連れ合いに「ありがとう。本当に楽しい人生だったよ。ありがとう」
と言える人でありたいと思いました。
長門裕之さんの言葉に、そう強くココロに刻みました。

南田洋子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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2009.10.04

いい表現だなぁ~

『人生は1冊の本にたとえられる。・・・胸に深く刻まれる出来事は「栞」かも知れない。卒業、初恋・・・過去を顧みるたび、そのページがきまってひらかれる栞を誰もが自分だけの本に挟んでいる。・・・災害や事件のように、同時代の空気を吸った人々が共有する栞もある。・・・2016年夏季五輪の招致に、「東京」が敗れた。・・・多くの人が足し算をしたはずである。自分はいま何歳、子供は何歳、7を足してそれぞれ何歳、生活は、世の中はどうかわっているだろう・・・。今日を生きるのに心せかされるご時世に、少し遠くを見つめる時間をもてたことは無駄ではあるまい。(読売新聞「編集手帳」より抜粋) 』

人柄があるように新聞にも新聞柄?があるように思う。書いている人柄が文章に出るのかもしれないが、そういう人を使うっていうことがやはり新聞柄?になると思う。
私は、どの新聞を読む時も大抵1面の片隅にあるこのような場所を見つけている。
さて、私も栞をめくって何回も読み直してすこしかすれたページを見てみようか・・・

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2009.10.02

JR福知山線脱線事故についての最近の報道に思うこと

JR西日本が、福知山線脱線事故について「新型ATSがあれば防げた事故例」という社内資料を兵庫県警や国交省航空・鉄道事故調査委員会に提出していなかったとか、某前社長が航空・鉄道事故調査委員会(当時)の元委員に委員会での「有利な書き換え」の発言まで求めていたという・・・
大勢の犠牲者の痛みやその家族や友人たちのやるせない気持ちを知ることより、わが身の保身に走っていたとはなんとも情けなく、さもしい心の持ち主たちであるとあきれてしまう。

自分は「ほんとうに、第一に人のことを考えているか。そうしているか・・・」
そう、考えさせられる事件でもあった。

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2009.09.14

自分のために?・・・

始めは自分のために、やがては自分以外のために生きようとするのが人生旅なのかと思う。
そのターニングポイントが何時かっていうのは人によって違うと思うけど、そう思う。
人として成長するって事はそういうことも含まれているような気がする。
人生について語れる歳ではないが、人のために生きている人を見ると素晴らしいと思うし自分もいつかそうなりたいと思う。

自分がいかに大変なのかとアピールする事は、人がどんなにか苦労しているかを知ろうとしない事だし、人に「私も大変なんだよ」と言わせるだけで、自分も相手も共に直面している壁を越えられなくなるのではないかと思う。
あの人は大変なんだと思われても笑顔でいられる強さを持ちたい。
そうなりたいと念じる事が、目的に一歩近づくこと? だと思う。

勝ち負けを繰り返し、倒れ起き上がり、その繰り返しの長い旅
負けたら次は勝つ、倒れたら必ずまた起き上がると心に強く念じよう
勝ち負けを何回も繰り返しても、最後に勝てばそれまでの負けが勝利の因となるだろう
最後にどちらにするかは結局自分なんだと思う。

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2009.01.01

母の四季

百千万億那由他の
時を超え
青き地球(ほし)の扉開け
道を拓き幾星霜
来た道を俯瞰できるとき
艱難辛苦は泡と消え
報恩感謝に満ちてくる
もうすぐ扉を閉めにいく・・・


宇宙の扉を開けて
歩いて来た道を 俯瞰している 母
ここまで来るときの何百倍ものスピードで
開け放たれた扉に向かって
その道を辿り始めた
私と共にいた四季はすでに過ぎ
もう 私の知らない時代(とき)を語る 母
向こうから静かに扉を閉める日は
そう遠くはないことを感じさせる。

今までこんなに長く母の手を握った事は
なかったような気がする
「ありがとう・・・」

残り少ない 
冬の日々
御手(みて)を摩(さす)りて
涙止めん

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2008.09.20

心情倫理

ある新聞のコラムに作家の長部日出雄氏がこんな事を書いていた。
▶「あなたとは違うんです」といって政権を投げ出した某首相、検査の結果が出た後も「二人は一貫して否定しているのだから」と恩情を盾にとって強引に押し切ろうとした某理事長、そして北京五輪の野球で「金メダル以外はいらない」という宣言を正直に守り通した某監督・・・。
「愚かで卑俗なのは世間であって私ではない。こうなった責任は私にではなく他人にある」というのは典型的に心情倫理家のモットーとしてM・ウェーバーが『職業としての政治』で挙げた言葉だ。
今の日本では政治の結果の責任を誰もとろうとしない。わが国はいつからこんなに情けない無責任国家になったのか。じつは、心情倫理を行動の基準にしている点では、国民もメディアも全く同様なので、何か問題が起こるたび、・・・いちばん表面的に見え易い所を集団でバッシングして、流れが引いた後は何もかも見えなくなっており、問題はちっとも解決していない。・・・◄ 
氏は、政治家に責任倫理を厳しく求めると綴っていたが、会社でも同じことだろう。
自らの職責を、投げ出さざるを得ない状況に追い込まれたとしても、掲げた理想が自らのものでなく皆のものであり、さらに進退の選択権が自らの掌中にあるならば、乗り越えるべきだ。
と思う。そのために選ばれたはずだし、そういう時のための職責なのだから・・・
と思うが、
そういう立場でない人の戯言か?

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今日・明日

今日会った人と また明日会えるとは限らない
今日出来なかったことが 明日できるとも限らない

あたりまえのように この夜が朝(あした)へと繋がっていると思っている
殆どの人が 今日を最後の日とは思っていない

今を一生懸命生きること。
今日会った人を大切にすること
それが 忘れられている中で
それを 忘れないようにしたい 

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2008.09.06

当然

自分が当然と思い込んでいる事も遠くから見たり、視点を変えてみると
ちょっと違った判断になるかもしれない。
視野の偏狭さから価値判断を誤らない為には
自分と意見を異にする人と接することが大切だと思う。
でも、そういう人たちと接するにはなかなか大変な思いをする・・・。
キーワードを入力して検索すればあらゆる情報が手に入るが
その真偽は不明瞭でどれを真実として受け容れるのか難しい。
ともあれ、長い人生路の中でそれを求め続けている自分でいたい。

それにしても、自分の当然を振り回して、迷惑をかけている人の多い事か・・・

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信じる

それは 

その対象に信ずるに足る何かを求めるのではなく

信じることの出来る自分自身であるかどうかだ

・・・と思う

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2008.06.22

役割

今朝の新聞に載っていた記事が気になり書き留めた。

『営業担当者の売り上げノルマ撤廃を決めた資生堂。-----かつては取引先に押し込み販売をしてでも目標を達成するのが働き甲斐と誰もが信じていた。
------「来店客が増えたよ。ありがとう」スーパーの担当者の言葉に胸が熱くなる。ノルマ達成ではなく、取引先を喜ばせるのが自分の役割。そう実感できた瞬間だ。
「業務」が与えられるものなら、「役割」は自分の手でつかむもの。周囲の期待に応えたいという前向きな思いと行動を通じて、人は役割を身につける。
自分の力を発揮できる役割はどこにあるのか。見つけるのは容易ではない。』

何回か読み直した。誰にだって何処に居たって絶対自分の「役割」はあるはず。気づきの一文。
殺伐とした社会面。混乱する情勢を載せる経済面。仕方なく読むけど、こういう記事は自分にとって大切だ。

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2008.02.23

独りよがりの部屋を出て・・・

勝手気ままな人物評なんかに惑わされず広い視野をもって人と接しよう。
そう心がけているつもりなんだけどいつの間にか独りよがりの見方をしていないか振り返るときがある。
それは、ある人に対して正反対の評価を聞いたとき。
その人がお付き合いの深い人ならどちらがきちんと見ているかがわかるけど、そうでないときは、どうしてこんなに違うんだろうと考えてしまう。
もっとも、そういう時は評価されている人じゃなくて意気揚々と評価を語るその人を見ることにしているけど。
だってそこにいて、目を見て話せる人のことが一番良くわかるから・・・。
いつの間にか自分の部屋から外を眺めているように、独りよがりになっている人って多いような気がする。
自分はそうならないように気をつけよっと。

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2008.02.17

同感。

新聞のサンデー特集で「日本人らしい個人主義とは」というテーマで作家の林望氏の言葉が載っていた。私が常日頃感じている思いそのままだったので思わず書き留めた。

①『昨今、日本でも自己責任がよく問われますが、だれかに落ち度があった場合、ほかの人が補助すべきなのに、冷淡にその人に責任を問うのは自己責任とは言えません。それは、「村八分」のやり方です」』
②『日本特有の調和社会に軸足を置きつつ、その中で付和雷同しない「自己」を作り上げることが、日本人らしい個人主義ではないかと、と思います』
③『能力重視の仕事社会にあっても、たとえば「感じがいい」というような、組織の人間関係を円滑にする力も認められるべきではないか。計量化することのできない、そうしたヒューマニティー(人間性)こそ、じつは社会を動かす力である、とぼくは信じています』と、大体こんな内容だった。
全く同感で付け加える言葉はない。私自身の心録として転載させてもらいました。

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2008.02.16

午前5時、小雪ちらつく国道。

行く車もまばらな中、信号待ちの1台の軽トラックに追いついた。
薄暗い中を透かしてみると、荷台に載っているのは帽子を深くかぶり背中を丸めた人。二人。
こんな寒い中、しかも夜明け前だし、なんで荷台?

信号が青に変わると、荷台に固まっていた二人はさっと動きはじめ、路上に白い粒状のものをまき始めた。
ああ、そうか凍結防止剤!
こうやって道路の安全を守っているのか、
誰も見ていない中、寒さに凍えながらの作業に脱帽。
仕事だとはいえ人知れず安全を守っている人がいるから、世の中当たり前のように動いているんだなあ。

ちいさな感動。

雪の国道。

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夜明けのコンビニにて 

隣県にある事業所へ応援に行くときいつも立ち寄るコンビニがある。
いつもここでサンドイッチとスープを買って朝食をとる。
その時間がいつも夜明け時だし、いつも同じ作業服を着て同じ物を買うので、きっと印象に残ったのだろう。
月に4~5回しか行かないのに顔を覚えてくれて、オーナーも、オーナーの奥さん(たぶん)レジのときは必ず声を掛けてくれるようになった。
でも昨日はいつもと違っていた。
私のお気に入りのスープもなかったし、いつもと品揃えがちがうし、空いている棚もあった
レジの時、オーナーが「26日でここを閉めます。今度は○○でやりますので近くにきたら来てください」と話してくれました。
場所もいいし、店の方の人柄もいいし・・・・。
レジのとき「寒いですね。気をつけて」、「お休みの日なのにお仕事たいへんですね」そんなちょっとした一言でさえ、どこの誰か知らなくても相手の気持ちにフィットすると情が生まれるものなんですね。
もう会えなくなるのかと思うととても淋しい気持ちになりました。
店のコーナーでカップスープにお湯を入れていたら、オーナーが近寄ってきて「これ・・・」といってタオルハンカチをくれました・・・。
・・お店のみなさん。お元気で!
(そして、ありがとう)
自分もこの店のように、さりげない優しさで人と接していきたいものだと思わずにはいられなかった。

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2007.12.16

幸せの種は人の庭に蒔いてこそ花開く

アグネス・チャンがコンサートでこんなことを言っていた。
「みんな、人は生まれながらにして幸せの種を持っている」
「でも、その種は自分の庭では咲かない」
「人の庭に蒔いてこそ花開く」
この言葉は人の取るべき道を端的に言い表していると思い、心に留めた。
彼女は、日本ユニセフ協会大使として世界をまわっていて、その中で恵まれない環境の中にいる子供たちとせ接っしているなかで「平和でなければ子供たちを守れない」と痛感したようだ。
大きな目標を持った人の言葉にはその生き様が見えて、とても説得力があり納得させられる。
そして、勇気や希望を与えてくれる。
むかしアイドル今おばちゃんと思っていたがいっぺんにファンになった。
近年、鑑賞したコンサートで一番感銘を受けた。

彼女のホームページの日記には当日のことがこう書かれていた。
「お陰様で、今日、「民音文化賞」を受賞しました。授賞式で、「そこには幸せがもう生まれているから」と「Peaceful World]を唄いました。」感激で、声が震え、本当に嬉しかったです。会場は涙、涙。平和への熱望が広がりました。「いつか、PeacefulWorld」とみんなで手で大きな輪をつくりました。勇気千倍です。頑張ります。賞に恥じないように、これからも歌で平和を実践していきたいと思います。本当にありがとうございました。
今日は□□市でコンサートでした。賞を頂いて、気持ちを新たに、とっても気持ちよく歌えました。たくさんの声援、本当にありがとう。皆と握手していたとき、「お大事に」と体のことを心配してくれた方が多かった。ありがとう。もう元気です。」
中略
「歌は心。歌は声、歌は魂。歌は愛です。明日もコンサートなので、頑張ります。
昨日と今日が長い1日に感じます。寝ないとね。
それでは、
おやすみなさい。
幸せな1日でした。感謝です。
アグネス」

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2007.05.20

母の日

母は一人で暮らしています。
そこには小さな庭があって
2つの鉢植えと2つのやプランターがあって
気にいった花を植えています。
私の想い出には母が花を愛でていた映像はなく、
家の中には花瓶さえありませんでした。
年老いて、花を愛しんでいる姿はすてきです。
女手1つで子供を育て、花を愛しむ余裕がなかったんだと思います。
母は大切な時間を今取り戻しているんだなあと感じます。

「なんで、庭に植えないの?・・・・こんなに空いているのに」
「石やら何やら埋まってるし、硬くて掘れないんだよ・・・」

母の小さなシャベルを借りて庭を掘ってみる。
固くてなかなか掘れない。
たいして掘れないうちにもう手の平の皮が剥けて赤くはれ上がった。
近くのホームセンターでスコップを買い求めて掘り進め・・・。
そして
庭の片隅にいっぱいひまわりの種を埋めた。

「これだよ」
それはまだ小豆くらいの膨らみでした。
今度は首筋に癌が転移した。
「まだ奥に2つしこりがあるんだよ」
「こうして押してみるとわかるんだよ」

ここにひまわりの種を埋めたたこと。
芽が出るのを楽しみしていけること、
育てていく元気が出せること。
そして。もしも体調が悪くなることがあっても、
ひまわりの花を見たいって気持ちで頑張れるように・・・。

母から受けた恩恵の何億万分の一にもならない
ささやかな贈り物
新しい土がこんもりした庭のそこを見て
にっこりした母の顔がうれしかった。
いつまでも元気でいてほしい・・・。

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2007.03.17

ほんとうに大切なこと

自分を助けてくれた人が誰かに助けられている。
誰かに助けられた人が自分を助けてくれる
自分が助けた人が誰かを助けている。
そういう連鎖に感謝し、感謝され生きている

先ず自分の意見を押し通そうとする人
そういう人は心が硬く
決め付けで人を見る

この人は何を大切と思っているのか
相手の価値観を尊重する人は
相手の人の心をやわらかくする

コロコロ主張を変える人
言ったことをすぐ忘れる人は
いざというとき、責任を転嫁する

他人に気を使いすぎて疲れている人
どう思われているのかいつも不安な人は
自分らしさが出せない

自分の思いどおりにならないこと
それが普通で
それをそうでなくしていくこと
そこに爽快さがある
だから壁を越え
殻をやぶることができる

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2007.02.04

某大臣の発言に思うこと

報道されていることから感じたままを言うと、非常にさびしいことだけど、品格も見識も備えておられよう大臣ともあろうお方が、最近、女性を機械呼ばわりして顰蹙をかっている。
地球が人類を創生するまで悠久の時間を要したが、わが母はたった10ヶ月でそれを成し遂げている。本当に摩訶不思議で偉大であると思う。
人としてこの世に生を受けることは並大抵のことではない。生まれてくる命もそれをはぐくむ命もそれぞれ自らの命を賭しての誕生である。それをいとも簡単に機械にたとえるなんてもっての外だ! 
同僚だか誰だかのコメントに彼は冗談が言えず語彙もすくないので・・・なんてわけのわからない弁護をしていたが、生命の底流にある本質が出てきたとしか思えない。
生命の尊厳を知らない政治家は政治家たる資格はない。仕事ををもって反省の証をするなんてものじゃない。さっさとやめたほうがいい。
と思う。

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地球の温暖化

今まで生きてきて体験したことのない冬や気象現象が起きていること
そして、今だけじゃなくて、未来に思いを馳せると心穏やかではいられない。
自分が生きている間のことだけ考えると生存が脅かされるほどの激変は無いと思うけど、
身近な家族に視点を置いたって、やがて自分の子供が・・・そしてその子供が・・・・と考えると人生80年?でもその倍くらい先の未来に直接かかわることになる。
それを思うと未来の世界によい環境を残すことは今を生きる自分たちの義務というか使命でさえあると思える。

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2006.11.12

そんな人でありたい・・・

自分が自分らしく強く生きること
人の我慢偏執に振り回されないで生きていくこと
高みから頑張れとエールを送るひとではなくて
其処に降りて一緒に這い上がる
そんな人になれたらいい

優しくされたことのない人は 人に優しく出来ない
それは、優しくされたその数じゃなくて
厳しい中でのたったひとつのその優しさで十分
もっともっと って言わないで 
その一つを大切にできる人でありたい

ほんとに辛いことに出会ってないひと
それを乗り越えたことのないひとには
今そうしている人のキモチが解らない
その人と一緒に涙すること
乗り越えた時 自分も喜べること
そんな人でありたいと思う

何かをして上げられる力は無いかもしれない
でも してあげられないことを恐れずに
そこに飛び込んでいける勇気を湧かしたい
そういうとき躊躇せず 動く体とキモチをもちたい
そういう人でありたいと思う

誰が悪い彼が悪い世間が悪いって言ったって
何も変わりはしない
こんなちっぽけな自分が世の中を変えられるなんて
思いもしない
でも 悪いことを見過ごしてきている自分
まず そんな自分を変えていかなくっちゃね
人間のいろんな性向をひっくるめた命を革していくのは
究極のところ自分でしかないと思う

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2006.10.21

ことば

人は自分の言ったことをすぐ忘れる
あんなに傷ついた言葉を投げかけたくせに
今はもうそんなこと少しも感じていないような・・・

一時の感情で思わぬ言葉を発してしまうことがあるかもしれない
その後どんなに後悔して二度といわぬようにしても
自分では罪滅ぼししているようでも
言われた人のココロは癒されない
なんで人はあの時の言葉ごめんね
と言えないんだろうか
もし、自分の中で少しでもそういう思いがあるのなら
そうした方がいいと思う
たとえ相手が忘れていたとしても
嫌なことを思い出させるかも知れないというリスクを背負っても・・・

言葉は発した人の意図どおり伝わらない事だってある
もし、誤解をしていると感じたなら
もう一言添えるべきなのに
その言葉を解釈した相手のせいにしていないだろうか
思っているほど言葉は軽くない
言葉は言う方の気持より言われる方の気持を大切にして
使っていきたいと思う・・・
メールやネット上での言葉づかいは特に・・・

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2006.09.10

自分流

人の人物評はあてにしない
得意気に人物評を口にするヤツは嫌いで、
そんなふうにはなりたくないと思う
言ってる本人が信じられないってことじゃない
会って、話して、コトバが途切れた時に
伝わるぬくもりを大切にしたい

人の振舞いについて、二回や三回、
自分の思う事と違っていたからって
失望したりなんかしない
相対して素直になれる人もいるし、
どうしてもそういう気持ちになれない人もいる
同じ自分なのに対する人によって
自分の中から出てくるものが違う
ホントの気持出せない時もあるし
それが理解されない状況もある

諦めない。 
いつでもどんな時でも最後は絶対諦めない
諦めないことが、それが自分を見失わないこと

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2006.08.27

そう信じている

とても、嫌なことだけど
讒言で人を落とし込め、相対的に自らを高く見せようとする輩がいる
自らの信念を持ちえぬ者はそれにのせられてしまう
保身から声を出さない者もいる
讒言を信ずる者も情けないがそうさせてしまう巧妙さがそこにある
そういうことには妙に長けた輩がいるものだ
3年・5年・7年・・・どんなに巧みに人を陥れようとしても、姑息な行為は必ず破綻する
そう信じている
だから、同じような手法で対抗はしない

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2006.08.05

魂柱

つい最近、新聞のコラムで知った。
バイオリンの中にはコンチュウがいるんだってね。虫ではなくて「魂柱」っていう直径1センチにも満たない丸い木の棒のことだそうだ。表板と裏板の間にあるため、ふだんは外から見えない。
だが、弦の振動を伝える重要な役割を果たし、その位置の微妙な変化が楽器の音色や音質を左右するという。ビオラ・チェロ・コントラバス。バイオリンと同じ姿のこれらの弦楽器の中にも、この「魂の柱」が立っている。
・・・・見えないもの、表に現れないものが結果をきめる。・・・優れた演奏は人の魂をゆさぶり心を潤す。その成否に強く関わるのが小指より小さな1本の棒・・・。(抜粋)

「魂柱」この言葉が妙に気に入りました。なんか、人間も同じような気がする。見えるところばかり着飾って、魂柱をしっかり創っていくことを忘れてはいないだろうか?って
そんな気持にさせられた短文でした。

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2006.07.15

誤解?

気配り、心配りが足りない・・・
指摘されたことは、素直に直そう。と思う。
言ってくれたことに対しては感謝していかなければならない。
人が嫌がるだろうと思うことを言うのは、言う方にもそれなりの重圧感がある。
それを越えて言ってくれるのだから、ありがたいことだ。
自分が自分の思っているとおり、見られていないことは、残念であり悔しいが、人にそう見させる何かが自分にあったということだから、やはり真摯な気持ちで受けとめなければならない。

自分は思う。
もし、誰かにそういうことを言うときが訪れたら
向かい合わず、並んで座ろう。
目線を同じにして他の人は持ち出さず、二人だけの話でしよう

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2006.05.27

星を見ている自分~星に見られている自分

今日の新聞のコラムにこんな話が載っていた。
「野原に寝転がって、夜空の星を見ていると、初めのうちは、自分が星を見ていると思っているが、そのうちに、星のほうが自分を見ている、自分は見られているのだ、と感じることがあるはずである――天文学者の小平桂一氏の言葉である(河合隼雄著『ココロのとまり木』)
ハワイの山頂に大天文台を建設し、宇宙の探求に数々の成果をあげている氏。その最高の科学者にして「おおいなるものにみられている」と真摯に語る。こうした精神性を失う時、人は傲慢になり、謙虚さを失う・・・・」(抜粋) 

全くそのとおりと思う。高原に旅の宿をとって夜空を見あけたとき、視界いっぱいに大きく輝く星に圧倒された。首が痛くなるまで星空を見上げているうちに、たしかにそんなキモチになった。夜空だけじゃない、青く透き通った空に高く流れ行く雲を見てるときもそうだった。大宇宙の生命の中にいる自分を見るとき、謙虚にならざるを得ない。それなのに、そういうことをいつしか忘れてしまう。だから、空を見上げ、星を見る、月を見る、雲を見る。そして、海を見る、山を見る。そういう時間を大切にしていこうとオモウ。

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言葉を創った人~言葉がその人を形成する!

ある日の新聞のコラムにこんなのが載っていた。
「笑いを治療に生かしている医師のパッチ・アダムス博士は、ある本の序文に「動作や認知といった他の行為と同じように、言語は人間の構造から流れ出し、今度は逆に人間を形成する」と。言葉は行動を生み、その反復は人生を習慣づけ、形づくる。だから自分自身を、卑下してはならない。」って。俺もそう思う。
話はちがうが、自分のことを卑下するのも嫌だが、人の至らないところばかりをあげつらうのも嫌なものだ。自分の至らないところ、もっと頑張らなくっちゃいけないところくらい誰だって大体解っている。それを毎日、毎日呪文のように唱えられたら変革しようとする内なる力が殺がれてしまう。もしかしたら、悪いところを治せば良くなると思っているのかもしれないが、人のキモチはそんなに単純ではない。自分が治してあげようなんて高慢。外力で人のキモチぱ変えられない。その人が本来持っている魅力を気づかせてあげればいい。あとは内なる力に感応して人は自らをパッと開いていく。・・・・と思うんだけど。

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2006.04.27

耐震強度偽装事件関連で逮捕された面々

は、みんな分別盛の年齢でしかも専門的判断をゆだねられた有資格者やリーダー達で「気がつかなかった」ではすまされない責任ある立場の人たちだ。当然知らなかったですますことができない立場なのに「知らなかった」と言い、平然と責任転嫁するその姿はとても見苦しい。なんと言っても自らの判断の甘さや責任を全うできなかったことにまず恥ずべきで真摯に反省をするべきだと思う。
誰しも最初から大悪を犯そうとしたとは思いたくない。偶然の失敗を隠匿したり、このくらいは許容範囲として独自の判断をしたことが、問題にならなかったことがあたかも容認された・・・と錯覚することから段々習慣化していき、事態も小悪から大悪へと踏み込んでいったのではないだろうか。
どうしてそうなったかを分析していくことは大切だと思う。
そして、これを他人事として見ているのではなく自分にも起こり得ることとして、自らを振り返る切っ掛けにしていくことはもっと大切だと思う。
自分は今、法令違反や他人を欺くことをしているわけではないが、「このくらいの行為は大丈夫」と思っている因を積み重ねているうちに必ずとりかえしつかない大きな結果となる。・・・はず。自分はそんなことしてないだろうか・・・。
自分にとって一番いいことが、自分を取り囲む人たちにとってもいいことなのか、得るものと失うものの価値を自らの正義と照らし合わせて毅然として歩いていきたい。

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2006.02.19

新しい職場、新しい町でひとり住まい

ひとり住まいの小さな部屋はすぐ香りでいっぱいになる。
コーヒーを入れるとまるで喫茶店のようにコーヒーの香りで満たされるし、
甘夏(大好物なんだけど)を食べると柑橘系の香りで包まれる。
食事の支度なんかしているとなんともいえないおいしい匂い(だけはいけてる)が漂う。
1ヶ月が経ちこんな生活が楽しめるようになってきた・・・。

ひとりで住まうようになってから、今までになかった視点でものが見えるようになってきて視野がひろがったカンジ。不自由なことが無いわけじゃないけど、無くしたもの以上にいろんなものを取り込もう。


いつまでいる町かわからないけど
好きになりたい
青い空が ほんとに青い この町を

だから いつかこの町を離れても
ここに居たことを誇れる 何かを創っておきたい

ボクらしく
さりげなく でも したたかに

そんなキモチも出てきた。

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2006.02.12

話を聞いてくれるがいるって・・・

人は話すことによって自分を知り、迷いや悩みを乗り越えていく力を湧き立たせているってことあると思う。
話しているうちに矛盾も見えてくるし我侭も見えてくる。
そして、自分で答えを見つけて自分で扉を開いていく。
何も話さないでいると自分が我侭になっていくような気がして落ち着かなくなる。
いつも傍に「うんうん」って聞いてくる人がいて、自分の気持ちを気兼ねなく話せるっていうのはすごく幸せなことだと気づいた。
どんなに自由な時空があったってそれがなければ満たされない。
自分にそういう人がいて、そして、そういう人の自分でもありたい。

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2005.12.09

忘れられない2つの言葉と「・・・」。

どうしても忘れられない言葉がある
この言葉をくれた2人はもうこの世にいない
その言葉とは
ひとつは「一匹狂えば万匹狂う」
もうひとつは「自分から心を開いていかなければ誰とも友達になれない」という言葉

最初のコトバは幼い頃、添い寝をしてくれた祖母の言葉。
毎晩、同じような話の繰り返しだったけど、必ず出てくる言葉がこれ。
聞いていて意味がわからなかったけど、いつも言うんだからきっと大切なことなんだろう。幼な心にそう思った。
自分も大人になればその意味がわかるようになるんだ・・・と思い、意味は聞かなかった。だから、祖母の語りたかった本当の意味は知らない。
今、自分なりに解釈すると「何かひとつの事が狂うとそのままにしておくといずれは取り返しのつかないことに発展していく。だからそのひとつひとつをきちんとしていかなけむればならない」ということと「一人よがりの思想の持ち主が多くの人を狂わせる。何が正しいのか峻厳な瞳で物事を見ていかなければならないし、自分が独善になってはいけない」となる。
昭和の大戦をくぐりぬけた人人生だったのでもっと重厚な意味があったのかもしれないけど・・・・。

もうひとつは、父親の言葉。
物心ついた時から家を空け、何日も帰らない父親だった。
挙句の果てに家族を捨て、女のところへ行ってしまった。
永いこと別れていた父親が癌で余命を宣告されたとの親戚の便りで病院を訪ねた時の言葉だった。短い会話の中の一言だった。
自分に対して言い聞かせた言葉なのか、私に言った言葉なのか、
その時は今まで母親や自分たちを捨てたことに対する侘びが一言もなかったことに怒りを感じてよく解らなかった。
でも、今は私に言ってくれた一言と思い大切にしている。

最後の「・・・」は母親の生き様、
父が女のところへ行ってしまった後、私たち二人の子供を抱え、養育費の仕送りもない中、母は水商売で生活費を稼ぎ、育ててくれた。
大変だったと思う。
夜中に帰ってきて台所で吐いている母親の背中が鮮烈な印象になって今も残っている。
そんな生活の中でも、母から世間や父親に対する愚痴や人の悪口を一言も聞いた事がなかった。だから、私たち兄妹は父に憎悪も持たず、世間にひけ目も感じなかった。
私は父にしばらくの間、憎悪の念をもっていて父親の余命が限られていることを知らされた時も会いに行くことを躊躇した。
その時、母から滅多に聞かない毅然とした強い口調で「どうあっても、あなたの父親です。会いに行きなさい」と言われしぶしぶ会いにいったのです。
会いに行ってよかった。それを契機に徐々に憎悪は消えていったのです。
なにを聞いても「お前の好きなようにしな」というばかりの母で頼りないと感じたこともあったけど、そんな母の生き様が私にとってかけがえのないものを教えてくれました。
今、母も癌を患っていますが、それに負けずこれからの人生を最高のものにするといって元気いっぱいです。
私はそんな母を尊敬し、誇りに思います。
おかあさんの子供でよかった。
ありがとう!

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2005.11.11

会社で・・・

いろんな制約の中でどうしたら一番いいのか考えなくっちゃいけないのに
過去にとらわれて愚痴ばかり言い、自らの気持ちの開拓をしようとしない
それを変えることがまるで沽券にかかわるとでも言いたげに・・・・・
会社がどうのこうのって言ったって、会社っていう人がいるわけじゃなし、
自分がその構成員であることを棚に上げて不満ばかりを声高に言う。
そういう人を見ると、なぜ自分の思考・行動を変えてあたらしい価値を創造しないのかと
首を傾げてしまう。
自分のいる場所をかえるのにはまず自分が動かなくっちゃ始まらないってこと解かんないんだ!
たちが悪いのは、一見もっとものような正論とも思えるような事を言う輩。
だから、何が正しくて何が悪いのか混沌とさせてしまう。
それに迷う人がいたり、それに乗じて自らの利益を得ようとする奴もいる。
自分の意に添わない人を陥れようとする奴もいる。 いろいろだ。
俺は性善論者。元来人間の本質は善だと思っている。
だから、悪いものを排除するのでは無く良いところを育てていけばいいと思っている。
いい人・悪い人って言ったってどっちかが多く表面化しているかだけのことでしょ。
でも、これまじめ顔で語ると「おまえ、バカ?」って言われそうでいえない。
こんな中で自分の気持ちを保つのはけっこうシンドイ。

付録・・・・・・・・社内ランが構築されてから、報・連・相みんなネット。
みんな端末機に向って物言っている。
社内で会っても、ネットでの報・連・相のことなんか一言も言わない。
瞳を見て、声を聞いて、雰囲気を感じてっていうのがコミュニケーションだと思っている俺には理解できない感覚だ! 

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「ALWAYS三丁目の夕日」

初めて来たのに前にも来たことがあるような道や景色に遭遇することがある。 それとか、小説とか、映画とかの舞台になっている時代に生きていたような懐かしさを感じたりすることもある。 今日は、「ALWAYS三丁目の夕日」そのスクリーンに展開される時代にすっぽりはまった。自分が経験したことのない時代になんでこうも懐かしさを感じるのかわからないけど、今の時代に無いものがそこにあるような気がしてならない。ひたすら生きることに一生懸命で、人の言葉や好意をそのとおり受け止められて、ありがたいと感謝できる。苦しいのは自分だけじゃなくて、みんな同じ。でも、それを表に出さず頑張っている。見栄をはっているけどウソはつかない。自分が苦しいから人の苦しみも解る。だから、人ごとだといってほっておけない・・・。そんな時代だったのかな? 1年も2年も50年先の夕日も変わらず綺麗・・・・そうだといいね。って映画は終わった。
・・・時代がかわっても夕日を見つめる優しい人の気持ちはいつまでも変わらずにいるといいねと受け止めた・・・。
自分が大切だと思っているキモチはいくつ歳をとってもいつまでも持ち続けていたいと思う。

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2005.07.23

今日の地震は大きかった。

震度5弱・・・・。
その時、会社の外階段を3階から下りている最中だった。思わず手すりにつかまるほどの揺れだった。
周囲には大きな被害は起きていないようでよかった。
そんな中、とても感動したことがあった。
地震のすぐあと、今日は会社は休みなのにパートさんが駆け込んできた。
お客様の電話をお受けする部署だから・・・。同僚がたいへんだから・・・。お客様が大変だから・・・。
どんなキモチであったにせよ、こういう時、何が一番大切か、何が自分にできるかって判断して
すぐ行動するってことはとてもすばらしいことだと思う。
一家の主婦でありながらふつう中々できないことと思う。
こういう人こそ本当に尊敬できる。歳とか性別とか関係なく素直に素敵な人だと思える。
普段は誰も同じように見えるけど非常時にこそ、その人の芯がみえる。
とても嬉しくて表彰状をあげたい気分だ! 翻って自分もこの人に負けないようにしたいと勇気をもらった。

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2005.07.22

自分自身に言い聞かすこと

自分の思うようにいかないのをまるで自分以外のみんなが悪いように言うけど、
それって違うんじゃない?
昨日まで自分が思っていたこと、口に出したこと、そしてやったことの結果が還ってきている。
って思えない?
もしかすると、その中には今生以前の因もあったりするかもしれないけど・・・。
タイムマシンがあるわけじゃないし、命に刻まれた過去の記録は消せはしない
でも、この瞬間からいい因を積み重ねて、将来・未来を拓くことはできる!
他人や環境に責任転嫁したっていいけど、そうすると何かが変るの? 
たぶん、何にも解決しないと思うよ
何か突拍子も無いことが起こって自分を変えてくれるなんて思わないほうがいい
結局自分を変えるのは自分でしかないって気づいて!

今、自分が何をやらなければならないのか 自分でわかっているはず
それを、そうさせないようにしているのも自分だってわかっているはず

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2005.07.12

人は動かそうとしても動かない。


動かそうとすればするほど重くなる
北風と太陽の寓話のように
人は自らの中から湧き出た熱き意思によってのみ動くもの
熱き意思は熱き心に感応しても涌出する
伝わるまで長く長くかかるかもしれない
送りつづけるパワーが続かないかもしれない
いろんな、いっぱいの不安を抱えて辛抱するもの
もしかするとそれって結局自分自身との戦いかも・・・
そう諦めてじっくり、自分らしく生きよう。

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2005.07.10

明日のことなんて誰にもわからない


でも、誰しも明日は必ずやってくると思ってる。
人気絶頂の歌手だって何時声が出なくなるか判らないし、病に倒れるかもしれない。
世界でたった一つの技術を持った職人でも、何時その体が動かなくなるかも知れない。
普段からそんなこと思っていたら何にもできなくなっちゃうけど、もしそうなった時自分はどうするって考えること大事だと思う。
俺は何年か前に右目が網膜はく離で一時的に見えなくなった時がある、
1ケ月ちょっとの入院で復活したけど、発症の一日は劇的に変化した。時間が経つにつれ視野が下から欠け最後は視野の上の方に残ったかすかな明かりの中に気色を見ようとして首を伸ばして背伸びしている自分があった。そして一日で殆ど見えなくなった。
まるで深い井戸の底から見上げているようなカンジだった。夜の暗さよりももっと黒い始めての闇を体験した。
まだ左眼が正常だったから、両目をあければ全然見えないってことはなかったけど、正常な目をつぶった時のあの暗黒は今でも忘れられない。
治りますか・・・・という問いに対して医師は「大丈夫ですよ」といってくれた。
元のように見えるようになりますか・・・・って重ねて聞いたら「今と同じは無理かも知れません。視野が欠けるとか、ぶれてみえるとかはありえると思っていてください」と言われた。
もし、そうなったら今の仕事は続けられないどうしよう・・・・。
自分の将来について不安を感じた最初の体験だった。
その時思った!  なんで自分が!って・・・
尿道を結石が転げ出る時のなんとも言えない奇妙な痛みを初めて体験した時も「なんで・・・」と思った。
今までのは死んじゃうわけじゃなかったからいいけど、もし死に至るような事態が突然来ても「大丈夫、やり残した事は無いッ」って言えたら最高!
そんなふうに「只今臨終」って覚悟で取り組みたいと思う。・・・・んだけど、そうなっていない。

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2005.05.06

誰にだって

敬礼すべきところがある
それが見えないってこと
それは見る目が無いってこと
そう思う

素直に受け入れた方がいい
意地っ張りだけのプライドなんて
捨てた方がいい
くやしい時もあるけど
そうした方がいい

たいしたこと無いことにあくせくして
ホントに大切なものを見失わないようにしたい

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JR西日本の脱線事故に関する情報がいろいろ出てきます。

事故当日、社員が集まってボウリングに興じていたとか、事故に起こした電車に乗車していた運転手が救助活動をせず、会社に赴いたとか・・・・。
それについていろいろコメントがあります。「非常識」「言語同断」「人間として信じられない!」・・・・・・等々。
「自分は違う、あれは他人事」という考え方や、自分で判断すべき事柄を他人任せにして自らの責任を回避しようとする事、そしてそれを看過する風潮が気になる。
人間として行動する時、時には社会とか会社とか所属する組織のルールにそぐわないことになるかもしれないけど、それを人の道に基づき判断して行動する。
人にどう思われるのかではなく、自分はどうするかということ。
自分にもそれをしなくてはならない時がきっと来る、その時。
ンー。
人の道を外すことは極限においてもしたくない・・・・。
次に受けるであろう命にこの恥を持っていきたくない。
そういう自分になりたい!

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